増原メッセージ:(1)ますます加速する光科学技術の研究

 1960年にレーザーが発明されたので、今年はすでに発明後53年を経ていることになる。私は1968年に東北大理化から阪大基礎工の博士課程に編入学したが、 その年に所属する又賀研究室にナノ秒ルビーレーザーが導入された。レーザー発明後8年目にして阪大の化学の研究室にレーザーが登場したことになる。 又賀昇教授は私に、「将来はすべてのランプはレーザーにとって代わられる、レーザーを使った化学研究には無限の可能性がある。」と話され、 「ルビーレーザーを使った光化学反応ダイナミクスの研究」を私の学位論文のテーマとされた。その後現在まで45年間にわたる光化学、分子科学の研究は、 又賀先生のお言葉の通りの展開を見せている。レーザーによる化学研究が尽きることなく発展し続けていることは驚きである。私自身も一貫して レーザー励起ならではの新奇分子現象を探索し解明する研究に従事し、ナノ・ピコ秒化学、時間分解反射分光、固体光化学反応、アブレーションダイナミクス、 ナノ粒子作製、レーザー捕捉の化学、単一ナノ粒子分光、フェムト秒レーザーによるタンパク質結晶化と単一細胞操作法の研究を先駆けて展開し、現在台湾で レーザー捕捉結晶化とフェムト秒捕捉現象の研究に集中している。レーザーは私のような研究者をも今尚走り続けさせるほど高いポテンシャルを持っている。
 レーザーはもちろん、シンクロトロン光から化学発光までを含めて、光を用いた研究は、分光、反応、計測、制御、加工、通信、エネルギー、環境、 医療など多方面の科学研究と技術開発に貢献してきた。しかし光の研究はそれにとどまらず科学技術一般に新しい概念や方法論の発想を研究者に与えてきた。 その影響力は他の科学技術に比べ際立っており、これは光科学技術が有する高いポテンシャルを示すものと考えられる。また私自身の経験から、光を用いた研究は 次世代の科学技術の流れを作るのみならず、その担い手の研究者を育成することに極めて有効であると感じて来た。このような認識は我々研究者、文科省、 JSTなどでは共通のものとなっており、数年前から文科省では最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラムを走らせている。またJSTでは、 CRESTおよびさきがけとして切れ目なく光科学技術関係の研究領域を設定し、その研究と開発を推進してきた。研究者・技術者の地道な努力とこれら プロジェクト研究が協奏的に働き、我が国の光科学技術の研究は高いレベルにあると感じている。しかし外国の光科学技術への研究投資状況と較べてどうか、 ナノサイエンス・ナノテクノロジーを凌駕する光科学技術にまでもっていけるかどうかと考えると、さらなる発展を可能にするプロジェクトが必要と考えられる。
 次の光科学技術の展開を考える上で必要な視点について、私が感じていることを述べてみたい。レーザー発振、レーザー応用はすべて、光と物質の相互作用の結果として 実現するわけであるが、通常光は古典電磁学で、物質は量子力学で扱う枠組みで考えている。しかし物質としてナノ構造体を取り上げると、その枠組で取り扱うことは難しくなる。 例えば、金ナノギャップの間に置かれた分子では禁制遷移でも効率よく吸収あるいは発光を示す。また弱いインコヒーレントな光でも二光子励起が効率よく誘起されると報告されている。 これは物質研究として新境地を開くものであるが、また新しいレーザー光源の開発には、従来の理論の枠組みを越えた取り組みが必要であることを示している。一方検出法としては、 光によるイメージングが物理、材料、プロセス研究に必要不可欠なものであリ、また生命科学、医学でも揺るぎない地位を占めつつある。光学顕微鏡の回折限界を越えた超解像観察と その解析法の開発が注目を集めており、サブ波長オーダー、10 nmレベルの理解が進んでいるとされている。しかし最近の半導体、触媒、ナノ構造体のイメージングの 研究成果を見ていると、固体系でさえバンドモデルによる広がりに反して、分子、原子にエネルギーや電子が局在化していることを示唆するデータが出されている。 すなわち光イメージングには分解能の問題から始まって、物性の本質に迫る道を開くとの期待を抱かせる。このような概念的にも新しい展開が予期される光科学技術を 一層発展させるべく邁進すると共に、その重要性を多くの人に理解していただくようお互い努めていきたいと思う。

(このメッセージはレーザー学会の会誌「レーザー研究」の巻頭言として書いたものと同じです)



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