増原メッセージ:(2)私の光科学研究と応物雑感(大阪大学応物教室50周年記念誌寄稿)
私は東北大理学部化学科の学生として研究をスタートし、修士課程を終えたところで当時新設後まだ数年の阪大基礎工合成化学科の博士課程に編入学した。 1968年のことであるが、その年に所属する又賀研究室にナノ秒ルビーレーザーが導入された。1960年にレーザーが発明されているので、レーザー発明後8年目にして 阪大の化学の研究室に初めてレーザーが登場したことになる。又賀昇(故人)教授は私に、「将来はすべてのランプはレーザーにとって代わられる、レーザーを使った 化学研究には無限の可能性がある。」と話され、「ルビーレーザーを使った光化学反応ダイナミクスの研究」を私の学位論文のテーマとされた。その後現在まで45年間に わたる光化学、分子科学の研究は、又賀先生のお言葉の通りの展開を見せている。レーザーによる分子科学研究が尽きることなく発展し続けているのを見るたびに、 光科学研究の底力に思いを馳せる。 私は学位取得後も一貫してレーザー励起ならではの新奇分子現象を探索し解明する研究に従事し、ナノ・ピコ秒化学として電荷移動錯体系から高分子系にシフトした ところで、京都工芸繊維大学高分子学科の教授として採用された。そこで時間分解反射分光、アブレーションダイナミクスの研究を開始すると共に、JST ERATO極微変換 プロジェクトを主宰する機会に恵まれた。故又賀教授と応物南先生とのご縁もあって、プロジェクト研究員に笹木敬司博士(阪大応物卒業生、現北大電子研教授・同ナノ テクセンター長)をお願いし、彼に顕微鏡を教わりつつ研究員一丸となってレーザーと顕微鏡を駆使したマイクロ化学の研究を開始した。時空間分解分光、レーザー 捕捉操作法、単一微粒子の化学、走査型電気化学顕微鏡による表面加工などの研究を組織的に推進していたがその途中で、私は応物第2講座にスカウトされた。応物では 自由に研究をさせてもらったが、その内容は、ナノ分光とナノ光化学、ナノマニピュレーションとレーザー捕捉化学、ナノアブレーションとそのバイオ応用にまとめる ことができたと思っている。最後の数年は後者の研究もあって生命機能研究科も兼任した。 阪大退職後は,神戸にあった濱野生命科学研究財団、奈良先科学技術大学院大学、そして現在は台湾の国立交通大学で研究をしている。退職後の2007年の秋にレーザー 捕捉による分子結晶化に世界で初めて成功し、このテーマに集中してあと数年間研究を展開する予定である。レーザーは、光科学研究は、私のような研究者をも今尚走り 続けさせるほど高いポテンシャルを持っている。 私たちの世代は、一般的には電子(いわゆるエレクトロニクス)の時代に生きてきたと言えるが、これからますます電子に変わって光が主役の時代であることは 間違いない。すでに光を用いた研究は、分光、反応、計測、制御、加工、通信、エネルギー、環境、医療など多方面の科学研究と技術開発に貢献してきている。 しかし光の研究はそれにとどまらず科学技術一般に新しい概念や方法論の発想を研究者に与えてきた。その影響力は他の科学技術に比べ際立っており、これは光科学技術が 有する高いポテンシャルを示すものと考えている。また光を用いた研究は次世代の科学技術の流れを作るのみならず、その担い手の研究者を育成することに極めて有効で あると感じて来た。このような認識は我々研究者、文科省、JSTなどでは共通のものとなっており、JSTではCRESTおよびさきがけとして切れ目なく光科学技術関係の 研究領域を設定し、その研究と開発を推進してきた。また文科省では数年前から最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラムを走らせている。 また理研、NEDOでも光科学技術の研究展開を行なっている。 このような流れの中で、阪大応物を中心にフォトニクス先端融合研究センターが吹田キャンパスに設立されたことは特筆すべきことである。河田教授を中心に、 工学部の各研究室、民間会社、大学発ベンチャーがまとまり研究開発、技術展開を図っている。実力は極めて高いが弱小学科であった応物が、新しいセンターを発足させ、 専用の建物まで持つことができたのはまさに悲願の実現、歴史的偉業といえる。関係各位のご尽力に敬意を表するととともに、今後数十年に続くであろう光科学と光技術の 時代に、素晴らしい成果を出していただけるものと信じて筆を置く。
(このメッセージは阪大応物教室50周年行事に際して記念誌に寄稿した文章と同じです。2013年3月)
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