増原メッセージ:(4)百聞はイメージングに如かず
「百聞は一見に如かず」と昔からよく聞くが、実験研究者にとってこれほどズシリと心に響く言葉はない。 我々実験屋は、測定精度を高め、時空間分解能をあげ、迅速な測定を可能とし、より自然を直接見たいと努力してきた。 光科学技術は、この「一見」を現実のものとするために大いに貢献してきた。とくに1960年に発明されたレーザーの役割は非常に大きく、 レーザーなしに今日の科学技術の「一見」は考えられないほどである。 私の研究履歴で恐縮であるが、私が阪大大学院の博士課程に入学した1968年前後に日本の化学の研究室にナノ秒パルスレーザーが導入された。 指導教官の又賀昇(故人)教授は私に、「将来はすべてのランプはレーザーにとって代わられる、レーザーを使った化学研究には無限の可能性がある。」 と話され、「ルビーレーザーを使った光化学反応ダイナミクスの研究」を私の学位論文のテーマとされた。光化学反応は反応機構を もっともクリアに明らかにできる対象として期待されていたが、それまでの研究手法はもっぱら現象的反応速度の解析と生成物分析に 基づいて考察することであった。そこにナノ秒パルスレーザーが登場し、時間分解分光が可能になり、電子励起状態、反応中間体を直接測定し、 それらのダイナミックスを解析できることになった。これを人はナノ秒化学と呼んだ。光化学反応についていえば、一見は時間分解分光による 反応過程の測定である。この時から「化学反応の百聞はナノ秒分光に如かず」の時代になったのである。その後は、「ピコ秒分光に如かず」、 「フェムト秒分光に如かず」の時代に進んできたことは言うまでもない。 まさに「化学反応の百聞はフェムト秒分光に如かず」の時代が到来しつつある1988年に、私はJST(当時は新技術開発事業団)の ERATO極微変換プロジェクトを発足させるチャンスをいただいた。私は日本の将来の科学技術の源流を創ろうというERATO精神に感激し、 次の課題である「フェムト秒分光に如かず」ではなく、その先に来るであろう、レーザーと顕微鏡を合わせ駆使した時間分解空間分解化学の プロジェクトを立ち上げた。そのころには新しい各種プローブ顕微鏡も登場し、物理、生物分野ではイメージングが注目を集めつつあったが、 私は化学反応の研究においても顕微鏡イメージングは新しい地平を切り開くと感じていたからである。かくして科学技術のあらゆる分野で 「百聞はイメージングに如かず」の時代に我々は突入し、現在に至っている。 2008年JSTは「最先端レーザーなどの新しい光を用いた物質材料学、生命科学など先端科学のイノベーションへの展開」の 戦略目標のもと、CREST「先端光源を駆使した光科学、光技術の融合展開」とさきがけ「光の利用と物質材料・生命機能」の 両プロジェクトを発足させた。光が科学技術の基盤として重要と考えられるからである。この光研究のうち今最もチャーミングな研究は、 原子、分子から細胞、器官、個体にわたるあらゆるレベルでのイメージングであろう。「百聞はイメージングに如かず」の研究は、 これからが本番を迎える科学であり、技術である。何百万というイメージ像から本当の情報をどう抽出するのか、本当に原子レベルで 動的過程を追跡できるか、本当にナノレベルで電子状態は非局在化しているか、生きた個体の動的変化から何を学ぶかなど、光科学技術の 最先端はますます広がっている。 (このメッセージはCREST・さきがけ光科学技術合同シンポジウム「進化する光イメージング技術〜百聞はイメージングに如かず〜」(2013年6月20日、東大一条会館)の挨拶と同じです)
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