増原メッセージ:(30)アジアのグローバル化とサイエンス

 大学のグローバル化が世界各国で推進されており、アジアでも大学のランキング付けが盛んである。台湾で研究しているとその流れが一層強まるのを感じるが、何か研究はそういうものではないという気持ちになる。これについて一研究者として見て聞いて感じていることを記しておきたい。
私は2008 年から台湾新竹市にある国立交通大学で研究と教育に携わっている。2005年ごろから北京でも、ソウルでも、台北でも、「もう20,30年したら我々も日本に追いつく」、「こちらに来てヘルプしてください」、と言われた。私はいつも「ヘルプはないでしょう、コラボレーションをしましょう」と答えてきた。礼儀上の理由でヘルプという言葉を使わなかったのではなく、本来研究は国の個人の独創性を大切にするもので、追いつくとかヘルプの問題でないと思っており、またアジア諸国の大学の国際化は日本よりすごいと感じていたからである。
 着任後の数年間、素人目にも経済は活発で、台湾の町は大きく変化してきた。この流れに対応して、大学のグローバル化を進める台湾教育部(部は省のこと)は、そのものずばりのAiming-Top-University (ATU) Programを推進し、これをベースに国立交通大学は日本人教員、研究者を多数雇用してきた。交通大は日本人教員が多いので有名な大学となった。ATUプログラムの結果はどうか、国立交通大学の2016年のアジアランキングは31番、これより高い日本の大学は5校しかない。
 私が台湾に来てからの9年間に、NECのパソコン、三洋の家電製品は中国にわたり、シャープは台湾の鴻海の傘下に入った。パソコン、スマートフォン、家電商品、自動車のように、世界中が同じ基準で価値判断される各種製品、製造技術などにおいては先進国に追いつくスピードが速い。それを売るビジネスでは素早いキャッチアップも可能だ。しかし研究と教育は簡単ではない。探索研究により示された可能性を具体化する実現研究は、アジア諸国が研究費とマンパワーをかけても、日本に並び、追い越してくるであろう。しかし新しい価値基準を作り出す探索研究は、科学の歴史やその総合的理解、文化や習慣、それに由来する思考法に基づくので、急に追いつき追い越すことはできない。あくまで私の見た範囲内の話であるが、さきがけ研究統括、科研費審査員、新学術アドバイザーとしての経験や、台湾での研究生活から言えば、アジアの諸国が近いうちに科学研究の独創性で日本を追い越すとは思えない。「もう20,30年したら我々も日本に追いつく」と言われた2005年からもう10年以上たつが、「もう10、20年したら日本に追いつく」ところまできたか。今のところ私にはそういう実感はない。最近台湾で、10年前と同じく「日本に追いつくにはあと20,30年かかるかもしれない」という言葉を聞いた。やはり日本の優位性はしばらく動かないといえそうだ。 
 しかし本来追いついたとかまだ日本は勝っているとの議論はよろしくないと思う。グローバル化により、研究の発想、課題、推進など研究に関して、多様化が進んだ、より多くの選択肢が増えたと考えるようになった。日本の強いところはますます強くすべきだし、各国もそれぞれの特徴を生かして、独自性を発揮してくるだろうと感じる。それを踏まえて、いかに一研究者として日本と台湾両国の大学のグローバル化に貢献するか、これが私の役割である。具体的には、台湾アカデミーを、国立交通大学を、日本人に見てもらうことに微力ながら努力してきている。理学院応用化学系としては、サマースクールの開催6件、専攻セミナーへの招待46人、日本と台湾の共同研究のサポート8件をセットした。研究室レベルでは、ミニワークショップンの開催7件、研究室セミナー講演者73人、訪問研究者55人、実験のため我々の研究室に滞在する日本人院生22人、我々の研究室から日本の大学に長期滞在する院生8人、Dual Degree Program(DDP)で学位を二つ取得する院生3人、共同研究12件となっている。ありがたいことに、JSPSのポスドクが4人も長期滞在してくれた。
 今後、各国の研究の多様性と独自性をより強く発展させつつ、グローバル化をいかに進めるか。私の考えているところ簡単にまとめる。まずは院生をシェアーし、研究を共にするところから始めるDDPが有効である。院生を送り、院生を受け取る共同研究を立ち上げる。次に、教員が両国の二つの大学に研究室・研究グループを持ち、両国から研究費を受け取るDouble Appointment (DA)に入る。幸い私はそれに近い研究推進、研究室運営を国立交通大学と奈良先端大の間で数年間経験させてもらった。科学の独自性もグローバルな多様性があってこそより磨かれる。院生、教員が文化習慣の異なる国の研究機関にも属し、行き来しながら共同研究を行う。これが今後の方向と考えている。
 アジアは急速に発展してきた。台湾、韓国、中国では、少子化も進んでいる。もはや大学は増えない。しかし社会が発展すればするほど科学的好奇心は高まり、科学的思考は必要となる。経済が進歩していけばいくほど、科学技術における新概念や新手法が強く要求される。本来の基礎研究、高度な学問のニーズは、これから数十年、アジアでますます高まってくる。日本の役割、日本の研究者の役割、日本の若手に対する期待は、ますます高まっていると感じる (光化学協会誌「光化学」2017年月4発刊号に寄稿したものと同趣旨である)

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